桜は、イメージとしては入学式に満開となっている花に思える。しかし実際には入学式にはほとんど散っており、今や卒業式の花と言ってもいいかもしれない。桜が咲く時期がどんどんと早くなり、1980年代に関東の桜前線が4月中旬だったなんて、もはや夢幻……。
大学の講義が終わり、その後にサークルへ参加したら、家に帰るころにはすでに日も暮れている時間だ。電車に乗るために駅へ向かうサークル仲間と別れ、薄暗い街灯に照らされる道を歩く。
自分が住むアパートは、大学から徒歩圏内。電車に乗って通わずに済むのは、端的に言って楽だ。ただ炊事洗濯掃除と、すべて母親に任せてきたことを自分でやらなければならなくなったのは、面倒と言えば面倒だが。
とはいえ、やってみれば面白さもある。炊事、つまりは料理だが、結構楽しい。今日もスーパーに寄って、簡単に買い物を済ませてから夕食を作る予定だ。簡単に済ませるなら、肉野菜炒めだろうか。オイスターソースを使った中華風の味付けは白飯に合うし、明日の弁当に回せればなお良い。
そんなことを考えながら歩いていたが、ふと足が止まった。
「お」
そこは公園の前だった。桜が植えられており、今は青々とした葉が街灯に薄く照らされている。引っ越してきた当時、ここの桜は満開だった。その桜はあっという間に散ってしまい、落ち着いて見たのは、一度だけ。
それは、借りたアパートに置くための家電を両親が買いに来てくれた時のこと。最後に最寄り駅の近くで夕食をとり、そのまま改札まで両親を見送ったあとのことだ。
「じゃあ帰るからな」
「うん。ありがとう。気をつけて帰って」
「明日、遅刻しないようにね。きちんと一人で起きんのよ?」
「わかったから帰んなさいってば」
そんなやり取りを行ったあと、アパートに向って歩いていた。今日と同じように、この公園の前で足が止まった。あの時、満開の桜が街灯に薄く照らされていた。夜桜というやつだった。
誘われるように公園の中に入り、ベンチに座って見上げるようにして桜を見た。こんな季節か。そんなことを思った。毎年春は来るし、毎年桜は咲く。実家の近くでも桜は咲いていたし、何度も見ている。だが何回見ても、桜はきれいだと思う。昔から花見がされるのも納得だと、柄にもなく思ったものだ。
「今年は花見をしなかったなー」
公園のベンチに座り、桜を眺める。とっくに葉桜も終わり、公園の木々はすべて立派な葉を蓄えている。引っ越しのごたごたで気づけば桜は散っており、花見はできずじまいだ。満開の時に酒でも飲みながら、しばらく眺めていればよかったと今では思う。
花見とは満開の桜を見ながら、美味しいお酒、美味しいご飯、親しい友人家族との会話を楽しむものだ。その起源は、1000以上前に当時の貴族たちが始めたものだという。庶民に広がったのは江戸時代らしく、今では外国にまで広がっているらしい。はらはらと散る花弁の美しさ、この美しさは日本人以外にも理解できるものなのだろう。
花見と言えばソメイヨシノが主流になっているが、その歴史は浅い。ソメイヨシノは明治時代に生まれた品種だが、当然桜はそれ以外にも多くの種類がある。そしてその多くが花見で楽しまれている。ソメイヨシノが散ってからも楽しめる桜が多くある。
どうやらソメイヨシノ以外の桜はこの公園には植えられていないようなので、この公園での見ごろは3月の終わりぐらいだろうか。再び満開の桜を見ることができるのはほぼ一年後になる。忘れずにいなければならない。
「その時は、誰か誘うかな」
大学に入学して、しばらくが経っている。サークルの仲間ともそれなりに仲良くなったが、一緒に食事をしながらとなると、どうしても昼食をほぼ毎日共にする友人たちが思い浮かぶ。自分でもよくわからないが、妙に居心地の良い友人たちだ。彼らを誘って、ここで酒でも飲みながら花見をするのは悪くない。
「……昼に食べた蓮根もちってやつ、うまかったなー」
今日の昼、彼女が約束通り蓮根料理を好きになったというきっかけの料理を作ってきてくれた。すりおろした蓮根と長芋に片栗粉を加え、揚げたものだという。
あれとビールは、多分すごく合うだろう。
ベンチから立ち上がると、スーパーへ買い物に行くために歩き出す。蓮根もちのレシピは、昼間に簡単に教えてもらった。挑戦してみるのも悪くない。


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