世の中、家で使う包丁は大体がステンレスの包丁だと思う。なにせお手頃だし、耐久性や手入れもなく長く使えるのは利点だ。なぜならステンレスというのは硬く、そして錆びない。だがなんとなくかっこいいとか、切れ味よさそうという感じで、セラミックの包丁を選んだりもする。しかし、使い方を間違えると悲しいことになったりもする。
「ついに魚に手を出したのか。また女子力が上がったな」
「女子力て。もともと女子だし!」
昼時、いつものベンチに座り、友人たちの話を聞く。いつも通りの昼食の時間だ。今日の昼飯はカップラーメン。眼鏡が曇るのが難点だが、値段はそれなりで量もあるし、味も結構好きだから、たまにはこういうのもいいと思う。
麺をすすりながら聞こえてくるのは、友人の一人が挑戦した魚料理について。刺身で食べておいしかった、などと話している。
魚。その単語を聞くと、今はちょっと辛い。
「うまそうだなあ、魚。俺も食いたくなってきた……。一人暮らししてから、食べてないなあ。魚を買うぐらいなら肉買っちまうし」
「それもわかるけど、たまには魚も悪くないと思うよ。おまけもつくし」
苦笑しながら彼女が取り出したのは、茶色い物体。から揚げにした骨……中骨せんべいというやつだ。アジの中骨を弱火で揚げて、塩を振ったらしい。
「味見にどうぞ」
彼女から配られたそれを、いつも通り購買のパンを買っていた友人はさっそくがりがりと音を立てながら食べはじめた。
自分もぽりぽりと食べる。たしかにカルシウムって感じだ。
「……うまいな。でもパンには合わない気がする。酒が欲しい」
「だね。酒がほしい。あとカップ麺には合わない……」
「うちのお父さんみたいなこというなあ。でも、おいしいよねこれ。本当はアジの頭も、うまく唐揚げにすれば美味しいんだって。でも私にはハードルが高すぎた」
彼女の言葉に、確かにな、とうなずく。頭の骨の唐揚げは、頭を切り開いて、エラをとって、目玉をとって中を掃除してと、手間と心理的なハードルが高いと思う。ちょうど、昨日調べていたから知っている。
そして昨日なぜそれを調べたのかを思い出し、思わず口からため息がでた。
「どうした?」
「元気ないね。……そういえば、今日は何でカップ麺なの? お弁当に挑戦するって言ってなかったっけ?」
どうやら自分のため息に気づいたらしい。友人二人の視線が自分をむいた。そのつもりはなかったのだが、少し心配させたようだ。
「それがさ……」
どこから話そうかと少し迷い、結局ことの発端から話すことにする。
「今住んでる部屋の隣にサラリーマンが住んでてね。その人が釣りに行ってきたらしくて、鯛をくれたんだ」
「鯛? 丸々? すごい豪勢だな。なんでそんなことになんの?」
「前に、作りすぎたカレーをあげたんだけどさ、そのお礼だって」
二人の自分を見る目が少し変になった気がする。一人は若干引き気味。一人は少し熱が入った気がする。
「あー、なんだ……女子力高いな」
「隣の人、気になる人なの……?」
「いや待て違う。ジャガイモを入れたカレーは冷凍に向かないってことを知らなかったんだよ。大量に作った後で保存について調べて、やっちまったーってなったんだよ。で、だめにする前に隣にもっていったんだ。挨拶ぐらいはする仲になってたから。それ以上でもそれ以下でもないからな」
「なんだあ、そっか」
詰まらなさそうな目を向けないでください。
それよりも続きだよ。
「で、鯛を何とかしようとして、色々と調べて、さばいてみたわけだけど」
「鯛って大きいよね? さばけるの?」
「やったことなんか、あるわけない。でももったいないの一心で頑張った」
スマホで調べながら、かなり試行錯誤でやった。
そもそも料理をしないで生きてきて、大学で一人暮らしを始めた機に包丁を握ったぐらいだ。とりあえず少しは刺身で食べられるぐらいには捌けたので、十分及第点だろう。
しかし当然、骨に肉がいっぱい残った。それがもったいなくて、どうすればいいか調べた結果、潮汁というものにたどりついた。
「要はお吸い物だよな。問題はそこで起こった」
思い出すと悲しくなるそれが、挑戦するはずだった弁当を持ってこれなかった理由だ。
スマホで調べた鯛の潮汁レシピにこうあった。鯛の頭の骨を二つに切って入れろと。それを見て、素直に挑戦したその結果、買ったばかりのセラミックの包丁は、パキッという軽い音とともに真っ二つに折れた。
あの時の衝撃を忘れられない。しばらくそのままの体制で固まっていたと思う。
高かったのに。セラミック包丁。
「あんなにもろいとは……。いや、説明書をよく読まなかった俺が悪いんだけどさ。セラミック刀とかTVで見て、ちょっと憧れもあったし、強いものってイメージがあってさー」
「あの某アニメね。なんとなく気持ちはわかる……」
主人公が固いものに思いっきり突き入れてたよね? ……ああ、そういえばその時も欠けたって言っていたかもしれない。
「そういうわけで、新しい包丁買うまでは、料理はなしです」
包丁なくても料理はできるかもしれないけど、モチベーションが上がらない。
「次はおとなしくステンレスの包丁を買うよ。鉄は手間がかかりそうだから」
ステンレス包丁はメジャーに使われている。ステンレスとは鉄とクロムを混ぜて作った合金だが、一番の特徴は錆びないことだ。そして鉄よりも固いので切れ味のもちもいいらしい。お値段も手ごろだ。
鉄の包丁、正確には鋼でできた包丁だが、ステンレスよりも切れ味はいいらしい。その代わり錆びやすく、切れ味も落ちやすい。少し研いでやればすぐに切れ味が復活するという特徴もあるらしいが、正直面倒だ。
錆びない、切れ味が落ちない、という意味ではセラミックに勝るものはないのかもしれないが、忘れよう。陶器なんだから錆びるわけはないが、代わりに割れるものだということが骨身にしみた……。
「心が復活したら、包丁買いに行く。」
「そんなにダメージがあんのか?」
折れた瞬間のあの音。あれが耳から離れないんです。


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