" /> 14 身体が肉を求めてる | 雑記ブログ

14 身体が肉を求めてる

 一人暮らしを始めて自分で買い物をするようになると、これまで見えていなかったものが見える。そこではじめて気づくものもある。つまり……肉は高いということに気づくのだ。さらに牛肉が、ほかの肉と比べても高いことを知るのだ。一人暮らしでの中で食費に割ける予算が頭にあって初めて、そのことに気づくのだ。自然、肉を買うときは鶏肉や豚肉になる。しかしどうしても自覚せざるを得ない。周期的に、波のようにやってくるこの欲求は、間違いなく存在するのだと。そしてその欲求にあらがうのが難しいのであれば、正面から向き合うしかないのだと。
 牛肉よ、ああ牛肉よ、牛肉よ。

「買ってしまった」

 台所でつぶやき、その手に取るのはパックに入った肉。それは普段ならば絶対に買わないであろう、ちょっといい牛肉。外国産のものではない、いわゆる和牛と呼ばれる牛肉の、こま肉だ。こま肉とは小間切れ肉という意味で、色々な部位の肉を成型する時にでる切れ端のことだ。もも肉やバラ肉、肩ロースなど、さまざまな部位がパックに入っていることもある。

 部位が特定されておらず、かつ整形もされていないこの肉は、販売されている肉の種類の中では最安に位置づけられる。それでも和牛となれば外国産のものと比較してグラム当たりの単価は倍を超える……。

「これに慣れちゃいけないけど、でもたまには……」

 言い訳じみた言葉をつぶやきながらパックに入る肉を見る。小間切れ肉とは言え、和牛は和牛。そこに見えるサシの入った肉は柔らかそうな霜降り肉で、実際に口に入れればとろけるに違いない。普段牛肉を買うことは少ないが、外国産のものをたまに買うことはある。そういう時は、買った肉に酒や塩コショウをもみ込むといった下処理をしたりするが、和牛に関しては必要ない。そのままで十分柔らかいし、和牛独特の和牛香と呼ばれる香りは、むしろ食欲を加速させる。

 香りだけで美味しい。それが和牛。美味しい牛肉を食べたいという欲求にあらがえず、つい買ってしまった高級肉。学生という身分からは分不相応だが、実家でたまに父が買って来た和牛の味を思い出してしまったので仕方がない。ホームシックの一環ということで、自己弁護は終了。

「さて、どうやって食べよう」

 実家で食べていたのは、ステーキや焼肉だ。父が豪快に焼いたものを食べていた。だが父が買っていたのはこま肉ではなく、きちんと成形された部位のものを買っていたはずだ。さすが社会人の経済力だ。

 父は、一応何を食べるかで部位を変えていたようだ。ステーキをするならロースやランプ、焼肉ならバラ肉やハラミ、タンなどだ。部位にはそれぞれ特徴があり、それに適した料理方法があるのだ、と父が肉を食べながら言っていた。たまに部位についての説明もしていた。ロースは肩、ランプはもも、バラは肋骨回り、ハラミは横隔膜近く、タンは舌。どれも焼くと美味しい。

「それにしても、お肉は色々な種類があったな」

 自分で買い物をするようになって、初めて自覚した。例えば一言でロースと言っても、さらに種類があった。リブロース、サーロイン、肩ロースと銘打たれていたパックは、それぞれお値段が違った。ミスジなんてものもあった。スマホで調べると、肩甲骨に近い肩肉で、赤身が多いが非常に柔らかくて旨味が強い部位らしい。いつかはこういった肉をステーキにして食べてみたい。

 ……それはともかく。

「よし、決めた。3種類作ろう」

 牛肉は、白飯と食べたときの幸福感がたまらない。それほど多くの量を買っているわけではないが、食べ方を変えれば3度楽しめる。

 一つ目は塩コショウでさっと炒める。和牛そのものを味わうに適していると思う。和牛は脂がおいしいが、量も多い。わさびをつけて食べるとさっぱりして美味しい。脂が多いとわさびの辛み成分がコーティングされて、あまり辛くなくなる。初めて食べたときはびっくりした。まずはこれだ。

 二つ目はすき焼きのたれで食べる。フライパンの上で肉を焼き、その上に市販のすき焼きのたれを少なめにかけて、そのまま焼く。関西風のすき焼きを意識した食べ方だ。もちろん卵につけて食べる。きっと卵一つでは多すぎるけど、余ったら卵かけご飯にすればいいや。

 三つ目は牛丼だ。玉ねぎでかさ増しすることによって、すくない和牛でも楽しめる。しかも和牛の脂をすった玉ねぎはそのおいしさを増すから、美味しさは倍増。塩もみして玉ねぎの水分を抜いておくと、さらに味がしみこみやすいかもしれない。やってみよう。

 料理のための手を動かしながら、ふといつも食事をしている二人の顔を思い出す。

 明日話すことができたな、と。

コメント

タイトルとURLをコピーしました