普段はあまり意識しないが、しかるべき場所ではきちんとしたものを使いたい。しかし普段から使い慣れていないと、いざというときに正しく出てこない。ところが普段はあまり使わない。さて、どうしたものか。
「うーん」
部屋で一人頭を抱え、唸る。いつもかけているメガネが机の上に置いてあるのは、先ほどシャワーを浴びたから。外出する時にはメガネがなくては危険すぎる視力だが、アパートの部屋の中なら不都合はあまりない。要は近視なので、遠くは見えないが近くはまあ見える。
そんな自分の視線が向かう先には、スマホが置いてある。風呂に入る前に畳に置いたスマホが。
溜息一つついて、スマホを拾う。認証して画面を表示されると、先ほどまで見ていたサイトが再び表示された。
「うーん……」
唸りながら視線を落としたスマホには、『正しい日本語の使い方』という題名のサイト。言葉遣いに厳しいとのうわさがある教授との面談を数日後に控え、付け焼刃的に確認しようと調べた結果だ。しかしどうにもうまく使えるイメージが持てない。絶対に間違えそうだ。
正直、こういうのは苦手だ。大学に入っているわけで、それなりの学力と知識はあるが、それを使いこなせるかはまた別だ。
「悪あがき……とはいえやらないよりはまし……」
再び溜息をついて、スマホをスクロールさせる。先ほど一読した内容が再び流れ始める。
そもそも、きれいで丁寧な言葉を使いたくないというわけではない。ただその思いが先走って2重敬語になったり、おかしな日本語を使ってします。特に感覚と実際の使い方にずれがあると、間違えやすい。
そう言ったことを踏まえ、とりあえずは、整理をしてみる。まずは尊敬語、謙譲語だ。
誰かに敬意を表するために、尊敬語や謙譲語はある。尊敬語は相手を高めることで敬意を表し、謙譲語は自分を下げることで相対的に相手を持ち上げ、敬意を表する。
たとえば、言うの尊敬語はおっしゃる。そして謙譲語は申す。
例:あなたは、おっしゃいました
例:わたしは、申しました。
尊敬語や謙譲語は、普段あまり使わない。日常生活であれば、丁寧語で事足りるからだ。つまり、言いました、でいい。ただし使うか使わないかは選べばいいが、使いたいときに使えないのは困る。そして普段使わないと、やはりなかなか出てこないし、なんとなく耳で聞いてる間違い言葉なんかを使ったりもする。
たとえば、するの尊敬語はなさる、謙譲語はいたすだが、以下は誤りだ。
誤:どちらにいたしますか?
人によると思うが、自分は困ったことに感覚的にはまったく違和感がない……。だが、誤りだ。するの尊敬語はなさるであり、いたすだと謙譲語になるからだ。
正しくは以下。
正:どちらになさいますか?
文字で書くとまだわかるが、言葉だと反射的に使おうとして間違える自信がある。普段から慣れておいた方がよいのだが、そもそもこんな言葉を使う機会がない。
いや、文字ですら間違える。メールでいたしますやいただきますを漢字にした方が丁寧でかっこいいよね、ということで致しますや頂きますにしたりとか、そういうことをしてしまう。以下は誤りだ。
誤:よろしくお願い致します。
これも正直ほとんど違和感がない。パソコンで変換すると普通に表示されるし。だがしかし、誤りだ。別の例で同じことをすると、イメージとしては以下になる。
例:そのお菓子を食べて見る。
これだとすぐに間違いに気づくけど、致しますだとなかなか気づかない。他にも頂きますも間違えやすいようだ。
誤:見て頂けないでしょうか
上記も致しますと同様、誤りだ。
他にも以下は、2重敬語でやっぱり駄目だ。
誤:拝見いただけないでしょうか。
拝見は見るの謙譲語、いただくはもらうの謙譲語。ご覧いただけないでしょうか、が正しい。
あと、教授との面談で使うとは思わないが、貴社、御社も使いわけがあったりする。貴社は書き言葉、御社は話し言葉だ。御社ますますご盛栄のことと云々、などとは言わない。しかし文章で書いている中で登場させると、御社と書いちゃったりすることもあるかもしれない……。ちなみに弊社はどちらでも使える。
「うん」
ここまでをスマホをスクロールして復習し、大きくうなずくと天を仰いだ。目に映るのは空ではなく、アパートの天井だが。
「……無理だな」
使いこなせる気が、どうしてもしない。
あきらめも肝心と自分に言い聞かせると、スマホを置いてゲーム機の電源を入れることにしたのだった。


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