人の価値観、好き嫌いというものは、ふとした瞬間に変わることがある。特に好きでもなかったもの、むしろ嫌いだったものが、一つのきっかけでその姿を変え、自らにとってこれまでと全く別のものとなってしまうことが、実際にある。
「とりあえず、証券口座ってものを作ってみた」
昼休み、眼鏡の友人がお弁当を食べながらそう言った。随分と質素な弁当だ。梅干しに味をつけた味噌、そして白米だけという弁当。元気な時に作っている弁当とはだいぶん差がある。昨日のあんぱんからはよくなっているが、まだだいぶ心の傷が深そうだ。
「証券口座って……。あれ? そんな話だったっけ?」
「投資の話はしたけどなあ」
こぶし大の大きなおにぎりをかじりながら、もう一人の友人が首をひねる。おにぎりの中身は焼いた塩サバのようだ。美味しそうだから今度やろう。
「投資しようにも、その環境がないとだめだよなあ、ということで形から入ることにした。……ちなみに正しい日本語、的な本も買って見えるところに置いてある」
どうも、投資するにも準備が必要だから、その準備を整えたということのようだ。
「あれか。0を1にするってやつか。どんなに小さなものでも、一歩進んだかどうかってのは重要だもんな」
「えらいえらい。……でも、うかつに信用取引なんて、しちゃだめだよ?」
「破滅するからな」
「脅さないでくれる? こわいから……」
顔をゆがませる眼鏡の友人を見て、つい笑ってしまった。隣に座るもうひとりの友人も同じだ。笑われてジトっとする視線を向けていた眼鏡の友人の顔も、そのうち笑顔になった。
「まあ、いい経験だったということにする」
「そうだね。前向きなことはいいことだと思うよ。じゃ、そんな君へ」
そういいながら、かばんからタッパーを取り出す。ふたを開けると、中には小さな茶色い物体がぎっしりと入っている。
「おかずになると思うよ」
「おー。とっても嬉しい」
「お、俺ももらっていいよな?」
男友達二人の顔が輝く。何度も二人のために料理を持ってきているのは、何を出しても同じ顔をするので、それがちょっと癖になっているのかもしれない。
今日持って来たのは、蓮根を小さく切り、甘辛く焼いたものだ。片栗粉がまぶしてあるのでちょっとカリカリする。昨日スーパーで見かけた蓮根が安かったので買ってみたのだ。穴が開いているところが先を見通す、という意味で縁起がいいとされている。メガネの友人には、今お似合いだと思う。
ちなみに蓮根の穴だが、根っこに空気を届けるためものだ。蓮根は蓮の地下茎で、泥の中で横に伸びるように育つ。地下茎には節があり、その節から葉っぱや根っこが伸びている。葉っぱは水の上にまで伸びており、その葉には蓮根まで通じている穴があって、そこから空気を取り込んでいる。葉っぱ部分の茎を切ると、蓮根のように穴が開いており、初めて見たときはちょっと新鮮だった。
「うま。ご飯のお供、酒のつまみ」
「おいしいよ。……あれ、これ蓮根?」
「そうそう。旬は冬だし、今美味しいよ」
「マジか、蓮根か」
眼鏡の友人が驚いた顔をして箸でつまんだレンコンをまじまじと見て、そして口に運ぶ。
「うまい。……蓮根好きじゃなかったのに、うまい。ちょっとびっくり」
「ほんと? それはよかったね。同じ材料を使っても料理は色々あるから。苦手なだったものでもおいしく食べられる料理に出会えると、食べられなかったほかの料理もたべられるようになったりするよね。……私も昔は蓮根好きじゃなかったんだ」
自分の時は、母が昔作ってくれた蓮根をすりおろして揚げた料理がきっかけだ。その一つの料理がきっかけで、どんどんと蓮根が好きになり、今ではきんぴらも、煮物も、天ぷらもおいしく食べられる。
蓮根はその縁起のよさから正月料理に使われたりするけれど、そもそも栄養が豊富で身体を温める効果もあるので、普段から色々な食べ方で食べるのが望ましいものだと思う。
「その、初めておいしく食べられた蓮根料理ってのも気になるなあ」
「俺も俺も」
「……今度、作ってくるね!」


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