日本人は英語をかなりの間勉強する。一昔前は中学から勉強していたし、今では小学生から英語を学ぶ。しかし学習の内容やゴールが変わっているらしい。昔は受験が目的だったが、今はきちんと外国の人と会話ができることが目的なのだそうだ。逆に言うと、昔の勉強だと外人と会話が難しい人が多い。
大学の敷地内のベンチ。そこには張り詰めた空気が漂っていた。いつも通り3人で集まっているわけだが、まだ昼食をとっているわけではない。その前に、やることがあったからだ。
3人の手には、それぞれ2枚のトランプがあった。
「うー」
女性の友人がうめく。その目は自分の手札、場に置かれた5枚のカード、そして自分やもう一人の友人の顔を行ったり来たりしている。
こういう時、眼鏡は便利だ。ポーカーフェースの助けになってくれる。きっと自分の表情から何かを読み取ることは、彼女にはできないだろう。たぶん。
「うー。……オ、オールインだー」
もう一度うめいた後、彼女はそういってチップをすべてベンチの空いている箇所に置いた。それを見て、今度は隣に座る男の友人の顔が曇る。
「マジかよ」
その目は彼女が置いた全チップ、正確には彼女の弁当に注がれている。次いでその視線は、彼の手元にある弁当に注がれた。購買で週に一度、限定販売されるDX弁当だ。数は少ないが、安くてしかもおかずは豪華というご奉仕商品。この大学に入学してから、初めて手にしたと先ほど喜んでいたその弁当。
「むぐ……」
うめきながら、震える手でその弁当に触れ、視線は先ほどの彼女と同じようにさまよう。彼女は明後日の方向を向いて彼と目を合わせない。
彼はきっと、自分の手札が彼女に勝てるかを考えているのだろう。負ければ、弁当丸ごと失う。しかし勝負から降りれば、すでに支払ったから揚げと焼肉のおかずは戻ってこない。
「むぐう」
友人が苦悩する様を見ながら、正直思った。
誰だ、ポーカーでおかずを賭けようといったのは。大変なことになってるじゃないか。
「いったらぁ! オールインだ!」
「……じゃあ俺も」
友人の言葉にあっさりとそう返し、自分の手札をオープンする。友人たちの視線がその手札に注がれ、少しの間の後、二人は力なくうなだれたのだった。
……というわけで弁当総取りしたわけだが、全部食えるわけはないので、それぞれの弁当を交換して返却した。
「DX弁当は興味があった。美味しくいただこう」
「ギャンブルの恐ろしさを知ったぞ。希少な俺のDX弁当が、女子の手作り弁当になってしまった……。あれ、これはこれでありか?」
「お昼抜きになるかと思った。ありがとうー。……もうやめようね、おかず賭けるの」
DX弁当をほお張りながら、ふたりがもそもそと弁当をつつく様子を横目で見る。本当はやりたくないところまで掛け金を上げてしまい、そしてそれをすべて失うといった経験をしたのだ。ギャンブルの恐ろしさをよく知る、有意義な時間を過ごしたといえるだろう。
根こそぎかっさらった自分が思うことでもないと思うが、返却したから良しとする。
「それにしても、プロのポーカープレイヤーってのはすごいな。普通、精神が持たん」
「しかも大会とかは外国でやってるんでしょ? 英語でこのやり取りとか、無理だなあ」
「そうだね。まあ、俺は英語自体がだめだから、そういう意味でも駄目だけど」
二人の視線が同時にこちらを向くのがわかった。片やうなずき、片や首をかしげている。
「いちおう受験には英語もあったと思うけど?」
「いや、気持ちはわかる。ヒアリングがだめなんだろ? ……うまいな、この唐揚げ」
ぼそっと付け足したような彼の一言に、作り手である友人が目を輝かせた。
「あ、それはお母さん直伝なんだ。自慢の唐揚げなんだよ」
「そうか。素晴らしい唐揚げだ」
「もっと褒めてー」
「うまいうまい!」
「……俺にも一つくれない?」
DX弁当のメンチカツと交換して食べた唐揚げは、確かにおいしかった。DX弁当の唐揚げよりも上だ。
「それはともかく、なんだっけ?」
「英語の話。そしてヒアリングがだめっていうのは正解。リーディングとライティングは、まだ何とかなるんだけどね」
日本語で考えてみると少しわかる。
例えば、『それはわからないよ』という意味の日本語を使うとき、『そりゃわからんよ』でも問題ない。英語でも同じことが起こっている。問題は、英語は文字で書かれている通りでもないことだろう。口語では変化が激しい。
英語の字幕付き映画を見て、なぜ何度聞きなおしても聞き取れないのかと思ったことがあった。その答えを知ったのは最近で、シンプルに字幕通りしゃべっていなかった。
まずは音を落としている。文章としてしゃべるとき、単語を最後まで発音していない。他にも次の言葉とつなげて音が変化したりもするし、ofをダと言っていたり、be going toがgonnaとか、want toがwannaとかになっていたり。英語をReadingから入ると、実際に会話ができない人が誕生する理由がよく分かった。
……he、him、his、herでhahを省略して読んだりもしているようで、知らなければ耳がおかしいのか疑うレベル。
「口語だと文字通りじゃないことを知ったのは最近だよ。さらになんとなくそのルールを知っても、耳が全くついてこない。結局、外国の人と会話することを目的とするなら、実際に使うしかないんだなって実感した」
「あー、感覚的なものもあるよね。あとはセンテンスで覚えるとか。thank youはみんなサンキューっていうもんね」
「good byeもグッドバイとはいわないしな。実際にしゃべってると、だんだんと身につくものなのかもしれん」
「……外国語を身に着けたければ、その国の恋人を作るのが一番、なんて話があるんだっけ?」
「結局話したい、という気持ちが一番てことだな」
外国人の恋人……夢のまた夢だな。
それならネットゲームで外国の友人を作る方がまだリアリティがある。
けれども、ゲーム好きな自分を知っているから、ネットゲームに手を出したら終わりな気がしているんだよなあ。


コメント